スクリーンショット 2019-06-07 9.11.39


SPONSORED LINK 



概要


”私が日本を大嫌いな5つの理由(日本人として)”への僕の意見


これは、アズサのビデオ・”私が日本を大嫌いな5つの理由(日本人として)”への返答ビデオです。アズサは、僕の友人で、海外在住経験のあるマルチリンガルの日本人です。現在は、カナダのモントリオールに住んでいます。

彼女のビデオは、日本での個人的な経験についてのはずでしたが、彼女は割と”日本はこうです・ああです”というような強い述べ方をしていました。

なので、このビデオでは、彼女の述べたことを紹介し、それについての僕からの意見を伝えていこうと思います。



新しい考え方について

(アズサのビデオ)私たちは、自分たちにとって見慣れていないものや、主流でないもの、新しいものを受け入れることができないのです。ここカナダでは、たくさんの人々が日本や日本人はとてもクリエイティブで先進的で、革新的だと思っていますが、本当に全く違うのですー


彼女は、日本人は慣れないもの・主流でないもの・新しいものを受け入れられない、と強く主張しています。ですが、ここには別の真実があります。

日本で働くたくさんの人々が、エクセルをたくさん利用することに大変な思いをしているのも分かっています。同じことがもっと簡単にできるアプリがあるにも関わらずね。

いまだにFAXを重要な書類に使ったり、新薬の承認がとても時間がかかったり、ということもね。

ですが、他の領域では、日本は新しいことに対して、とてもオープンなのです。


例えば、ビットコインのような仮想通貨。日本には、かつて世界最大のビットコイン交換所であるマウント・ゴックスがありました。マウント・ゴックス破綻後、日本は非常に迅速に動き、規則を作ったのです。現在日本はいくつもの、比較的きちんと規制された仮想通貨交換所を持っています。そして、いくつかの有名な小売店はビットコインを受け入れています。仮想通貨交換所は、21世紀における最新のことの1つです。


そして、ロボット。日本では、ペッパーがとても有名になりました。これは元はフランスの物ですが、ソフトバンクが買い、それによって有名になったのです。いくつかの日本のお店は、ペッパーにお客さんの相手をしてもらうことをとても喜び、複数の電車の駅にもペッパーがいるくらいなのです。

変なホテルはどうでしょうか。こちらは、ロボットがお客様をもてなすホテルです。


日本が新しい考えを作り出したり、受け入れたりするという、たくさんの例があるのです。


そして、日本は主流でないものに対しても、とてもオープンでありうるのです。

アニメが良い例です。エヴァンゲリオンは、マイナーなアニメとしてスタートしました。人々が見慣れた普通のアニメとはかなり違いましたが、最終的にはとても人気になり、今ではメジャーなアニメとなりました。

電車男は、オンライン掲示板に誰かが書き込んだストーリーです。それもまたとても人気となりました。

主流でない文化が、主流になるーそれが、いつも起きています。もちろん日本だけではありませんが、日本もそうなのです。

日本が新しいアイディアを受け入れることに時間がかかる領域を見つけることは簡単ですが、そうではない領域も同様にあるのです。

日本の社会の変化は、ゆっくりかもしれませんが、日本は新しい商品やサービスを作り出すことについては非常にクリエイティブでもあるのです。



個性

(アズサのビデオ)私たちの文化は、個人を尊敬したり受け入れたりをしないんです。私にとって、これは本当にしんどいことでした。私は日本人で、髪の色は緑。ピアスもタトゥーもたくさん。そうなると、人々、特にお年寄りの人々は、真剣に取り合ってくれないんです。そうでない人もいるかもしれませんが。一般的には、そうでないんですー


こちらも、彼女は100%間違ってはいません。でも、日本は個性を受け入れていない、というのは言い過ぎではないでしょうか。


特に、彼女の話が、人々が彼女のファッションスタイルを理想的としなかった、ということについて。日本のいくつもの場所で、厳しい服装の決まりがあります。たくさんの学校で、バカみたいな、とても細かい服装の校則があります。学校が、生まれながらに髪が茶色い女生徒に対して髪を黒く染めろ、というのは極端なケースですし、非道な話です。いくつもの職場ー特に対顧客の仕事の場合は、厳しい服装の決まりがあります。僕も電気屋さんでバイトしていた時は、服装の決まりも厳しくて、髪の毛も、耳上にしておかなくてはなりませんでした。ヒゲも毎回剃っていましたしね。でも、服装について厳しい規則の無い学校もいくつもあります。僕の高校は、髪を染めても、短いスカートも、イヤリングもOKでした。制服の無い学校もあります。

そして、もちろん学校は選べるのです。距離や入試という条件はありますけどね。仕事も同様です。たくさんのファストフードのお店や、コンビニは厳しい服装の規則はありません。僕が日本で正社員として仕事をしていた際も、決まりはありませんでした。

髪が緑での、正社員として働く日本人女性に日本で会うということは、ありうることです。よくあることではありませんがね。


また、日本は様々な種類のファッションを冒険することのできる国であることを忘れないでください。これは、他の国々ではなかなか難しいことかもしれません。


日本は、あなたが思っているほど集団主義では無いのです。日本は、見えている以上に集団主義だとは思います。でも、度合いの問題だと思うのです。

学校の制服は、集団主義の指標になりうるという仮説を僕は持っています。僕は、wikiのページをチェックしました。そして、コロンビアは全ての学生に制服を義務付けている、ということを発見したのです。日本では、全ての学校で義務付けられてはいません。ホフステッド・インサイツによれば、コロンビアはより階層社会で、日本よりも個人に重きを置いていないそうです。このトピックについては、もう少し調査が必要だと思います。



ヒエラルキー

(アズサのビデオより)私たちの社会には、とても強固なヒエラルキーシステムがあります。学校から職場まで。日本では、先生や上司に対して対等な立場で議論したり、言い返したりすることはできません。これは、ほぼ不可能でしょうね。学校で、もしも規則を破った場合ースカート丈を短くしたりとか、先生は好きなように叱ることができるんです。先生の部屋に連れて行って、2〜3時間怒鳴り続けたり。なんでそんなことをしたのか、って聞くんですー


僕は、日本のヒエラルキーが好きではありません。ですが、彼女の言葉選びはちょっと極端だと思います。日本全体の先生や上司について、自分の意見だけで表現するのはほぼ不可能ですよね。彼女が日本で感じたことは理解できます。でも、それは不十分では無いか?と思うのです。


彼女は、なんども規則を破って、”そうしたかったから”と言ったとのことですね。もしも先生たちがそれを不快に思わなかったら、とても変だと思うんです。

生徒たちを不当に傷つける、という先生たちがいることは分かっています。そして、意味不明な規則があることも。

僕の場合はそういうことが起きたのは中学校だけでした。小学校、高校は問題なかったのです。そして、これは一般的に学校が嫌いな人々の話です。僕は、日本の学校に対しての批判を1時間し続けるビデオを作ることができます。


ですが、公平な立場で言って、僕の先生たちは、ほとんどの場合において、大丈夫でした。僕は、日本人としては、主張をする人間です。僕が日本で受けた教育期間を通して、いつも先生たちにオープンに質問したり、反論をしたりしてきました。誰もが僕に黙れとは言わなかったし、従わせようともしませんでした。

高校の時、先生の答えに賛成できなかったことがありました。授業後、先生のところへ行って、自分が正しいと思う答えと理由を言いました。先生はもちろん同意はしませんでしたが、僕たちは大人の、文化的な会話をすることができました。


分別のある先生ばかりではありませんが、それでもそういう先生の方が多数だと思います。職場も同様です。いくつもの日本の会社でバイトや社員として仕事をしましたが、僕の意見を言うのが不可能だと感じたことは一度もありません。

権威主義だったり、とても態度の悪い先生や上司もいるでしょう。でも、日本におけるほとんどの先生や上司がそうだ、というのはちょっと言い過ぎだと思います。



アート

(アズサのビデオより)私の意見を言うと、日本はアートやクリエイティブなことをサポートするような雰囲気じゃ無い。ここモントリオールは、クリエイティブでアートなことに対して、協力的で、鼓舞してくれるような雰囲気だと感じます。ロンドンやバルセロナでも同様に感じましたー


彼女が、日本で芸術のインスピレーションを見つけられなかったことは分かります。ですが、日本に芸術的雰囲気が無いという結論には反対です。

僕の経験では、日本で育ったことは、とてもアート的でした。小学校では、芸術に関する授業が毎週ありました。視覚芸術、工芸、音楽、書道。とても楽しくて、これらのクラスがとても好きでした。クラスメートの何人かは漫画を描いていて、僕たちに見せてくれました。漫画を描けるのって、とてもかっこいいことだったのです。

2018年、日本の小学校における芸術関連の授業数は、総合授業数の10〜16%となっています。事実上、子供達は小さな頃から、芸術に身を浸しているのです。


アニメはどうでしょうか?全てのアニメは多くの人から芸術としては考えられませんが、いくつかのアニメは、多くの要素がアートとして考えられています。主題だったり、見た目だったり、絵の表現方法だったり、技術だったり。映画と同じです。


僕の大学は、たくさんの芸術関連クラスが、専攻に関わらず生徒全員に対して開かれていました。僕は、コンテンポラリーダンスを取りました。とても楽しかったし、違ったタイプのアートを教えてくれる様々な人々に出会いました。

短歌クラスや舞台演劇の授業も好きでした。僕の大学では、演劇グループがたくさんあったので、時々演劇を見に行っていました。プロのものも見ましたが、これらの値段も買いやすいものでした。TVでは無料で見られますしね。


僕の経験は別としても、日本の至る所に芸術はあります。伝統的な建築や彫像はどうでしょうか?神社仏閣は日本各地にあります。福岡に行った時、ストリートミュージシャンを毎日見かけました。有名な祭りもあります。野外の無料コンサートもあります。

ここでは、僕は一般的なアートのことを話しています。ヨーロッパからのものではなくね。


多くの日本人は博物館などに訪れることが大好きです。2017年、最も来場者数の多かった美術館の催し物20位中5つが日本で開催されたものだったのです。

東京では、モンスターカフェなどもあります。これは、とても芸術的だと思います。

より高尚な芸術がいいなら、渋谷に行くと岡本太郎による巨大絵画を見ることができます。もしも目を開ければ、芸術に囲まれていることに気づくでしょう。そして、それはとても刺激的だと思うのです。



完璧さを求める仕事

(アズサのビデオより)日本の公共交通機関はとても素晴らしい仕事をしています。でも、完璧な仕事や完璧に機能していることの裏側には、常に何かしらの犠牲や人々のストレスがあると思います。私たちのような人のねー


僕は、ここで出てくる例についても反対する気はありません。日本にあるいくつもの事柄は、とてもよく機能していますが、それらはたくさんの人々が一生懸命働いていることの上に成り立っているのです。そして、それは時に過剰な労働でもあります。

これは、正当な対価でもあります。いくつもの国では、同じレベルのサービスを受けることはできないでしょう。そして、そこでの仕事はよりゆったりしています。これはあなたの好み次第です。


彼女は、よりのんびりした環境が好きなのでしょう。僕も同様です。でも、もしも日本スタイルが好きなら、それもいいのです。僕たちは、それぞれ違った好みがあります。ただ、日本が時にやり過ぎてしまっていることは否めません。



90年代の話について

アズサは、彼女の考えを少数派意見として述べていますが、彼女の述べていることの多くは、完全に日本文化に従っている話なのです。


例えば、日本が個性を尊重しないというのは、90年代に多くの人々が言っていました。テレビで、本で、雑誌で、この話はどこにでもありました。僕自身もそう考えて成長しました。そのため、僕が10代の頃は、日本で学び、仕事をするのは最悪なことだと考えていました。

でも、実際に成長をして、より多くの日本人の人々に会い、そんなことはない、と感じたのです。ここには、たくさん自分の意見を表現する場所があります。

道を選び、変化を作り・・・きっと、彼女と似たような考えを持った日本人にたくさん出会うことができると思います。


でも、考えてみてください。海外に住むのを好む日本人で、外国語を話し、外国の人々と行動を共にするー彼らは日本ではなく他の文化を好むだけなのです。なので、彼らが日本についてあまり好きではないのは、とても論理的なのです。だって、彼らの好みではないから。

日本にはもちろんたくさんの問題があります。でも、それはカナダや西欧のようではないから、ではないのです。日本内部の問題については、将来議論をしていきたいと思います。



■引用元



SPONSORED LINK 


海外の反応



・あなたの意見が私に完璧な国なんてないってことを気づかせてくれたわ。ありがとう!





・日本でALT/ELTの先生のした経験がある者として、日本の学校はたくさん問題があることに完全に賛成するよ。最大の問題は、生徒が全然勉強を頑張らなくても(宿題やらなかったり、全然クラスに参加しなかったり、授業中寝てたり)、彼らが留年せずに進級できること。そして、先生たちは”それが彼/彼女だからね”って言うだけだからね。教育者として、生徒たちが何も学ばないことに、僕は最悪な気分だったよ。彼らの可能性が無駄になってることにね・・・。ほんと最悪だよね。





・20年くらい前まで、ケベックはフランス語だけって言うポリシーだったんだ。彼女はケベック州モントリオールに住んでるんだよね。それに気づいてるのかな?




・正直に言うね。僕が聞いた感想からすると、日本は基本的に他の国々と同じだよ。嫌なやつもいれば、そうでない人もいる。嫌だとする理由が違うだけ。





・世界を白か黒かで見ない物の見方が大好きよ。





・君の、他者の意見に敬意を持つ考え方、いいよね。





・彼らは、日本と日本人を自分の経験上や聞いたこと・見たことで分析しすぎてるわ。客観的に物事を見ずにね。それに、自分が好き・嫌いなことを分析するんじゃなくて、日本を好きか嫌いかでビデオを作ってるように感じたわ。物事はなんでも白黒決められないよね。





・コロンビアがよりヒエラルキーがあるって話については賛成しない。コロンビアでそんなの見たことない。





・なんでか分からないけど、日本人は過剰に内向的だって思ってしまう。そして、彼らの社会によって言いたいことが言えないってね。





・私は日本で育って、海外にいるけど、あなたの言ってることに大賛成。アズサさんの言ってることは、どこの世界のことを話しているのか分かんないわ。





・そうだね、基本的に、自分の経験がみんなに当てはまるとは限らない。隣の芝生は青く見えるけど、全ての国には良い点・悪い点があるよ。





・思うに、彼女は最悪な問題について主張しているだけで、それが日本中で起きているとは言ってない。





・正直言って、彼女が日本を嫌う理由を聞いたとしても、まだ日本のこと好きだよ。





・日本に4年住んでる。日本の人々、大好き。自由を感じる。





・え〜と・・・彼女は間違ったことを言っていない。君の言う通り・・・彼女は、だいたい合ってるけど、ただどこでも同じじゃないってだけ。経験の問題だと思う。なんでも黒か白には当てはめられないからね。



ひとこと


> 彼らは日本ではなく他の文化を好むだけなのです。
まあ、そういうことですよね
周りと同調すること、変化が乏しいことを心地よく感じる人もいるだろうし


SPONSORED LINK 


SPONSORED LINK