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概要


日本における性的マイノリティ:寛容という神話


昨年、一橋大学の生徒が自身がゲイだと暴露された後に自殺をしました。彼の家族は大学と暴露した生徒を相手取り、裁判を起こしています。芸能界でのオネエタレント人気にも関わらず、性的マイノリティに対する根深い偏見と差別が日本において強く残っているのです。



ソーシャルメディアでの暴露

2015年8月に、一橋大学法科大学院で、友人にLINEでゲイであることを暴露された男子大学院生が自殺をしました。朝日新聞などの報道によれば、彼は大学の同級生男子に恋愛感情を持っていることを伝えたところ、その同級生が友人7人の参加しているグループLINE上で彼が同性愛者であることを明らかにしたとのことです。


彼の家族は、その同級生が彼に精神的苦痛を与えたこと、彼が大学に相談したにも関わらず、大学側が適切な対応を取らなかったことに対し、損害賠償を求めて東京地裁に提訴しています。



寛容だという誤解

差別についての議論がされると、日本は歴史的に性的マイノリティに対して寛容であるという意見が必ず出てきます。同性愛については、侍や僧侶が可愛らしい男の子を愛でるという風習が中世以降あったことが指摘されます。


将軍・足利義光と世阿弥(能の創始者)、織田信長と小姓の森蘭丸などが特に良く知られており、この関係は男色と呼ばれています。井原西鶴は17世紀、庶民の間で男色風俗があったことを記しています。


日本文化において、異性の服装を着ることはトランスジェンダーと関連があると考えられています。歌舞伎の女形、全員が女性の宝塚歌劇団などが良く知られていますが、祭りや特別な機会に異性の服装を着ることはよくあることなのです。


現在、異性の服装を着るタレントがTVで人気となっています。マツコ・デラックス、はるな愛などはバラエティやCMなどに引っ張りだこです。ボーイズラブと呼ばれる男性同士のロマンチックな性愛をテーマとした小説や漫画は、クールジャパンの1つとして海外でも人気が高まっています。


そして、キリスト教やイスラム教のように同性愛を宗教的に禁止しているということが日本に無いこともしばしば指摘されます。法律で罰せられたりすることもありません。


これらの事実に基づいて、人々は、日本ではLGBTへの差別は問題ではない、と結論づけます。日本は性的マイノリティに寛容だ、と。ですが、この”寛容さ”とは、複雑な現実の一面だけを切り取ったものなのです。



嘲笑、無視、そして敬遠

日本で自分がトランスジェンダーであることを表明した場合、どのような反応が返ってくるのでしょうか?残念なことに、多くの人々は”気持ちが悪い”と思い、嘲笑し、避け、無視をしようとします。暴力につながることもあります。


1991年まで、広辞苑では同性愛を”異常性欲”と定義していました。そして、1995年に日本精神神経学会が、同性愛は精神の病気ではない、と提言をしました、。これによって、ようやく世界の基準に追いついたのです。ですが、この同性愛を変態性欲の一種だとする考え方は、いまだに個人レベルでは無くなっていません。


性的マイノリティに関わる現象や人物が登場した時、日本ではあざけりや不快なジョークで返すのがお約束となっています。笑う側に参加することによって、自身が”そちら側ではない”ことをおそらく証明したいと考えているのだと思います。


こういったジョークは、テレビで何度も何度も登場し、学校で、職場で、コミュニティを通して国中の至る所で反復されていきます。


ですが、人々がジョークの対象がテレビの中でなく、自分のすぐ近くにいる生身の人間だと分かると、その相手を避け、あからさまな軽蔑を持って扱うようになるのです。



職場に広がる拒否反応

2015年11月に発表された国立社会保障・人口問題研究所と研究者たちの調査によれば、”もしも身近な人が同性愛者だと分かったら、どう感じるか”という問いに対して、”嫌だ””どちらかと言えば嫌だ”という答えの割合は、それが近所の人だった場合で39%、同僚だった場合で42%、自身の子供だった場合だと72%でした。


70%以上の40代管理職の男性が、職場の同僚が同性愛者の場合に”嫌だ”と回答しています。

また、日本労働組合総連合会が今年8月に行った調査によれば、約1/3の人々が同性愛者やバイセクシャルの人と一緒に働くことに抵抗を感じている、とのことです。


同性愛者を受け入れることに感じる”抵抗感”は、いじめや、ハラスメント、そして暴力につながりかねません。2000年に東京の新木場にある公園で、3人の若者による同性愛者の人々への襲撃事件が起きています。裁判で犯人は、”ゲイは警察に届けないから、襲っても平気だと思った”と話しています。


こういった態度の裏側には、性的マイノリティはただ単にベッドの中での個人的なことだと見なされており、人間そのものの問題だという事実はほとんど理解されていません。

LGBTの人々の存在は声を潜めて語られ、国の法律等においては無視されているのです。学校に、職場に、家庭に、性的マイノリティの人々はいないことにされているのです。


日本において、初めて同性愛者の人権について問われた裁判は、1991年の”府中青年の家訴訟”で、東京都によって運営される施設がゲイのグループの施設の利用を拒否したことが発端となりました。裁判では、グループが差別されたことを焦点としていたのですが、皮肉にも社会による性的マイノリティへの無視が逆に明らかとなりました。

1997年、東京高等裁判所は”行政当局は少数者である同性愛者をも視野に入れた、きめの細かな配慮が必要””無関心であったり、知識がないことは公権力の行使に当たる者として許されない”と判決を下しています。


にも関わらず、それから20年経った今でも、同性婚や性的マイノリティの人権を擁護する法律は成立していません。



排除や孤立を乗り越えて

性的マイノリティの人々をあざけり、異常だとみなし、避けたり無視したりする、ひどい時は彼らに暴力を振るう、という多くの例を見れば、日本が性的マイノリティに寛容であるとは決して言えないでしょう。


ほとんどのLGBTの人々は、自身のアイデンティティを隠し、秘密が明らかになることを恐れて生きているのです。彼らは社会支援にもほとんど頼ることはできず、実際そのような支援機関の数自体もあまり存在していません。社会的排除と孤立感により、自殺願望を持つ人々の数も少なくありません。

冒頭にお伝えした一橋大学の大学院生の場合は、同性愛者であることを暴露されたこと、そして相談をした大学からの不適切な対応をされたことが相まって、彼は命を絶ったのです。


この問題におけるかすかな光明は、複数の地方自治体が同姓パートナーシップを認めたことでしょう。そして、結果として、いくつかの企業でも変化が起き出しました。

これらの変化は、LGBTコミュニティの権利認知を広げるという社会的動きが広がっていることの一端です。最も心強いのは、差別や偏見に対して戦おうと動き出した人々が増えていることです。


もちろん、楽観視をすることはできませんが、これらの変化が多くの人々の持ち続けている偏見や誤解を解消し、職場で、学校で、地元で、そして家族の間で、いつでも一定の割合の性的マイノリティの人々がいることが当たり前、日常生活でLGBTの人々と出会うのは普通のことだ、と感じられる状況につながっていくことを願っています。


それが、絶望と孤独によって死に追い込まれた大学院生に対しての、弔いとなる方法なのだと思うのです。



■引用元



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海外の反応


・ここにはまったく寛容さなんて、無い。人権もない。TVでは笑いにして、彼らを変人だと思ってるだけ。それだけ。酷すぎるよ。





・ 日本人男性と同性パートナーになって13年。僕自身の国も、彼の国である日本も、同性愛者の権利についての状況はひどいものだよ。彼は日本に税金を納めているのに、彼の選んだ男性との結婚は認められない。僕の国でも同じ。僕は妥協なんかしたくない。僕は税金を払ってるんだよ。権利が欲しいんだ。





・日本って、”家”とか”家族”を重要視していることを考えたら、こうなることは驚かないな・・・。





・↑ たくさんのLGBTコミュニティの人々は素晴らしい家族がいるよ。だから、あなたの言っていることは意味を成さないと思う。





・僕が教えている日本の小学校の生徒たちは、僕が”同性愛者の人も好きな人と結婚して、家族を持つことができる”と話したら、ショックを受けていたよ。日本では、養子縁組や代理母が、多くの人にとっての家族を作る方法だという考えは少ないみたいだね。それって、すごく悲劇だよね。





・悲しすぎる事件。学生さんのご冥福をお祈りします・・・。





・まじで、最悪だな!!読んでて気分が悪くなった。





・記事に付いている同性カップルの写真、いい笑顔だね。幸せそうな笑顔が曇ることがありませんように。





・こういう偏見って、世界中のどこにでも根強く残ってると思うわ。日本だけの問題じゃないわね。





・私の知っている日本人の多くは、家族や職場にばれることをとても恐れているわ。仕事を失ったり、家を追い出されるんじゃないかって、恐れているの。国会が、こういうマイノリティの人々を守る法律を作ってくれたらいいのに。





・この見出しはずいぶん色眼鏡がかかってると思うし、日本人を偏屈者にしようとしてるように感じるよ。





・僕は京都に住んでいたことがあるんだけど、日本の人々は、とても寛容だし、これらの事柄に対してこの記事が書いているよりもずっとオープンマインドだったよ。昔の社会は実際にそうだったのかもしれないけれど、今の人々はもっともっと性的マイノリティに対して鷹揚だよ。





・うーん・・・とても悲しい事件だね・・・。僕のパートナーは日本人なのだけど、彼は性的マイノリティだから苦しんだことは1度もないそうだよ。家族は少し時間はかかったけれど、今は全然OKだし。職場でも問題になったことは一度もないし。とはいえ、僕はいろんな人々が数年に渡って、それぞれ様々な経験をしてきたことについて、一般化するのは好きじゃない。でも、状況は少しづつ良くなっていると思うよ。





・これは、複雑な問題だよね。日本において、どのような内容においてもマイノリティは受け入れられがたいところがあると思う。だって、日本において、”普通”ってことは、とっても重要だから。





・日本は最近相当抑圧されているようだけど、歴史的にはそうでもないよね??





・この記事によると、日本は他の国々と変わらないんだな。残念だよ。





・日本の人々と話をすると、日本がLGBTの人々がまったく普通の生活をできない場所なんだってよくわかるよ。悲しいよね。



ひとこと


日本の生まれのハーフも悩みが多いそうです。少数派は弱者になりやすいですよね


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