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概要


マンゴーの種を使ってフィリピン・ラウニオン州に森を作った日本人

 

1970年代初頭のある夏に長崎さんはカダクランにある植物が枯れ果てた山に植林をするため、たくさんの熟したマンゴーを食べその種を集め始めました。長崎さんは当時25歳でボランティアでこの地を訪れていました。

 

「4-5月に食べたマンゴーの種を12月に植えていました。」と長崎さんは当時を振り返ります。

 

長崎さんと他のボランティアは約2000個のマンゴーの種を集め果樹園を立ち上げました。現在はシティのボタニックガーデンの一部として1998年から一般公開されています。

 

長崎さんは現在71歳で園芸家・国際協力機構のトップとして活躍され、雨季でもトマトや他の作物を育てるプロジェクトの立ち上げを行いました。しかしこのプロジェクトをすすめる途中で、枯れ果てた山が多いことに気付き、植林を中心にサポートするように方向転換しました。

 

「当時人々は焼畑を行っており、その過程で森林を破壊していました。私は森林保護を進めたく、当時の市長に提案したところ、彼はすごく理解が有り受け入れてくれました。」と長崎さんは語ってくれました。長崎さんは街の中心部から8kmの獣道しか通っていないカダクラン選び、約2時間の道のりを徒歩で通いました。

 

長崎さんはマンゴーを植えることを決断します。その理由は住民は畑のために木を切り倒すことに罪悪感を感じていないけれど、果物の木は切り倒さないということに気がついたからです。

 

「住民は実った果物を食べたり売ったりするため、果物が育つのを待っていました。植林を始めるまで、嫌というほどたくさんのマンゴーを食べなければいけませんでした。」

 

長崎さんはラユニオン州に1970年11月から1974年1月まで滞在し、1972年にこの植林プロジェクトを開始しました。長崎さんが去ったあとは3人の他のボランティアがプロジェクトを引き継ぎ、20ヘクタールに渡ってマンゴーの木が育てられました。

 

長崎さんは2002年にラユニオン州に戻り、その変化に驚きを隠せなかったそうです。

 

長崎さんとラユニオン州の契約はまだ続いており、3年前には50周年が祝われ、長崎さんや他のボランティアもボタニカルガーデンを訪問しています。場所の名前も「森を復活させた日本人」にちなんで名付けられています。先週も長崎さんは息子さんやお友達とともにボタニカルガーデンを訪れ、ITの導入を進めています。

 



■引用元
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海外の反応


・日本人の自然を大切にする習慣を全てのフィリピン人たちに学んで欲しいと思う。

 

 

 

 

・日本から帰ってきて日本の文化、誠実さ、規律正しさなど全てにとても感銘を受けたよ。

 

 

 

 

・私はここの地元出身だけど、住民全員が長崎さんに感謝しているよ。

 

 

 

 

・フィリピンにはまだ自然を破壊しても問題ないと思っている人がいるから悲しい。それに比べて長崎さんは今でもフィリピンの未来を考えてくれている。

 

 

 

 

・これからもこのプロジェクトが森を増やしていけますように。

 

 

 

 

・森だけでなく、海や川などすべての自然を守るプロジェクトを長崎さんに任せられたらいいのに。

 

 

 

 

・日本人の木を使って家や家具を作っているのに、まだ緑が豊かに残っているのか不思議。

 

 

 

 

・これこそまさに僕が地元の政府に緑を増やすために提案しようと思っていたことと同じだ。

 

 

 

 

・こうやってほかの国のことを考えて行動するってなかなかできないことだよね。

 

 

 

 

・マンゴー食べて木を植えるっていいアイディア。それにたくさん食べるのは大変だったんじゃないかな。本当にお疲れ様。

 

 

 

 

・長崎さんたちが教えてくれたどう自然を愛し、環境のことを考えていくかという基本を忘れてはいけない。

 

 

 

 

・僕はフィリピン人だけど、時々僕たちよりも外国人の方がフィリピンを愛しているなと感じることがあるよ。

 

 

 

 

・長崎さんは本当によく自然や環境のことがわかっているね。

 

 

 

 

・こんなアイディア思いつかなかった。我が家ではココナッツの木を植えようかしら。

 

 

 

 

・こういうポジティブなニュースがもっと溢れたらいいのに。

 


ひとこと


ほんとにこういう素敵なニュースばかりの世の中になって欲しいものですね



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